2012年 6月 03日

シカ喰う人々――阪本順治監督『大鹿村騒動記』ほか

 
 「ディア・イーターって、なんだ?」
と幼なじみのオサムちゃん(岸部一徳)に尋ねられて、主人公のゼンちゃん(原田芳雄)が答える。
 「『シカ喰う人々』だよ。んな、英語もわかんねえのかよ」
 「ディア・イーター」というのは、ゼンちゃんが営むシカ肉料理屋の名前。大きな文字でそう書かれた看板が店頭に掲げてある。
 「シカ牧場、どうしちゃったんだよ」とオサムちゃん。
 「よく言うな。おりゃ、3人でやりたかったんだよ」
 18年前、オサムちゃんは、ゼンちゃんの妻タカコ(大楠道代)を連れて村から消えた。再び目の前に現れた2人を仕方なく店に泊めることになる。タカコが寝た後、酒を酌み交わす初老の男2人。互いを「ちゃんづけ」で呼び合う会話が始まる。
 
 確認用に、もう一度DVDをレンタルして、自分の記憶の誤りに気づいた。
 ゼンちゃんの「『シカ喰う人々』だよ」のセリフは、このシーンより前、アルバイト募集の広告を見て訪ねてきた若者に聞かれて、答えたものだと思い込んでいた。看板自体は、その時点で映っていたせいもある。ついでに、「昔、『ディア・ハンター』って映画があっただろ。って、若い奴は知らねえか」と、ゼンちゃんが呑み込んだ言葉まで原田芳雄口調で創作していた。
 
 店でつまみに出されたシカ肉ジャーキーが歯のすき間にはさまってオサムちゃんは難儀し、昼食に店のシカ肉カレーを食べている最中に、タカコは認知症の一種で物の名前すら思い出せなくなっていることがわかる。
 実際にシカ肉を特産品化している長野県下伊那郡大鹿村ですべてのシーンが撮影された映画『大鹿村騒動記』(阪本順治監督、2011年)は、老年にさしかかった男二人と女一人の三角関係を描いた喜劇。
 
 自分のいい加減な記憶力を棚に上げて、たまたま気づいたので指摘しておくと、wikipediaの「大鹿村騒動記」の項にある「あらすじ」には、「3人でディアイーターの営業を始めようとした矢先、治と貴子は東京へ駆け落ちしたのであった」(2012年6月1日現在)とあるが、上記の2人のやり取りからもわかるように誤り(店名にナカグロがないのも誤り)。
 3人で始めようとしていたのは、「(食用にシカを飼う)シカ牧場」であり、ゼンちゃんが北海道のエゾジカ牧場へ研修に行っていた時に向こうに女をつくったと、オサムちゃんはタカコを言いくるめたのだと語られる。
 
 さて、登場する店の名から連想される『ディア・ハンター』(マイケル・チミノ監督、1978年)も、主人公たちがベトナム戦争で捕虜となって強要されるロシアンルーレットの場面が有名すぎて「戦争映画」にジャンル分けされがちだが、オーディオ・コメンタリー収録のDVDでチミノ監督が「ベトナムのシーンは20分ほどしかないのに・・・」とぼやいているように、普通に見たら田舎町の男二人と女一人の三角関係がメインの「青春ドラマ」である。
 舞台はアメリカの山間地にあるロシア系移民で形成された小さな町。製鉄工場の同僚、マイケル(ロバート・デ・ニーロ)とニック(クリストファー・ウォーケン)は親友なのだが、ニックの恋人リンダ(メリル・ストリープ)にマイケルは横恋慕している。同僚のスティーブンの結婚式披露宴(ベトナムへ赴く3人の壮行会も兼ねている)で、友人らが踊るダンスの輪にもマイケルは加わらず、一人離れた位置からグラス片手にリンダを見つめる。翌日、男たちは車に乗り込みシカ狩りへと向かう。
 
 はい、次の映画。
 17歳の少女リー(ジェニファー・ローレンス)の家へ保安官が訪ねてくる。
 隣家の夫婦は、軒下につるしたシカをナイフでさばいている。
 家は父親の保釈金の担保になっているから、裁判に彼が現れなければ土地を手放してもらうことになると保安官に告げられ、リーの父親探しが始まる。
 その晩、隣家の妻が箱に入れたシカ肉とジャガイモを持ってきてくれる。
 礼を言ったリーが振り返り、「シカのシチューでいい?」と尋ねると、彼女が養っている幼い弟と妹がうなずく。
 リーも自ら猟銃で野生動物を狩る。シーンとしてあるのは、弟と妹に猟銃の使い方を教える場面で、仕留めたリスの皮はぎを弟に手伝わせる。
 昨年日本で公開されたアメリカ映画『ウィンターズ・ボーン』(デブラ・グラニク監督、2010年)は、西部劇ではない。舞台は現代のアメリカ。ミズーリ州南部オザーク山脈にあるその村は畜産を産業としているが、貧しい家庭は食料も燃料(リーは薪割りが日課)もほぼ自給自足の状態にある。
 バックミラーにシカの角をぶらさげた車に乗っている、リーの伯父ティアドロップ(ジョン・ホークス)は、彼女たちに子供の玩具として作ったものとわかる木彫りのシカを見せながら、「弟は手先が器用だった」と語る。
 
 少し前になるが、『イントゥ・ザ・ワイルド』(ショーン・ペン監督、2007年)もあった。
 一流大学を優秀な成績で卒業しながら、金を必要としない世界で生きることに決めた主人公クリス(エミール・ハーシュ)は、アラスカの原野へと赴く。ライフルで仕留めたヘラジカは大きすぎて一人では手早くさばくことができず、燻(いぶ)して保存食にしようとする途中でウジがわいてしまう。廃棄せざるをえず、クリスは「ヘラジカなんか撃たなければよかった」と手帳に書き記す。
 
 弊社サイトにもアップしてある情報誌「Duet」の最新号(106号)は、特集「シカ肉を食べる」。担当に同行して取材先の一つにうかがうと、長野県大鹿村の観光協会が販売しているシカ肉入りレトルトカレー(正式名は「大鹿村ジビエカリー」)があった。
 ので、そこから思いつくままあげてきたシカ肉映画。
 とりあえずまとめてみよう。
 
1)趣味としてシカを狩る映画『ディア・ハンター』・・・・・・仕留めたシカを車のボンネットに載せて山から下りてくるシーンがあるが、シカ肉を食べたのかは不明。
 
2)シカを狩って食べようとするが食べられなかった映画『イントゥ・ザ・ワイルド』・・・・・・主人公は肉の処理の仕方を事前に調べてきていたが、ヘラジカは一人では無理。オオカミとハクトウワシのエサに。
 
3)シカを狩って家族で食べ、隣近所でも互いに分け合う映画『ウィンターズ・ボーン』・・・・・・ちゃんと血抜き処理した後で解体や皮はぎをしているので、スプラッターが苦手な私でも大丈夫。
 
4)シカ肉料理を観光客に提供する映画『大鹿村騒動記』・・・・・・主人公は新メニューとして「馬鹿鍋」を考案する。
 
 おお、製作年順に並べてみると、シカ肉の扱いが進歩しているよう(にたまたま見える)ではないか。
 そうなると次のシカ肉映画は、
5)シカ肉はどこでも普通に食べることができ、いちいちシカ肉だと示されない映画
 私たちは新作映画に肉料理が出てくるたびに、「あれはシカ肉かも・・・」と目を凝らすしかない。

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