新撰 淡海木間攫

其の三十一 早崎干拓地における生物相の変化

湛水した早崎干拓地の一部

 東浅井郡びわ町には、かつて「早崎内湖」と呼ばれた入江がありました。琵琶湖でも有数の内湖で、91・9haもの面積を有し、固有種ゲンゴロウブナの琵琶湖最大の産卵場でもありました。1963~70年に全面干拓された後は、長らく水田稲作が行われてきました。
 滋賀県では、地元の協力のもと、2001年11月より干拓地の一部17haを借り上げ、周年湛水し、水質および生物相の変化を調査するとともに、内湖再生手法の検討を現在行っています。最深部でも数十cmと水深は極めて浅いものの、常時湛水された状態で2年以上が経過しました。湖北地域振興局田園整備課が2年間行った調査から、生物相の変遷が明らかになってきました。
 植物では湛水後、半年が経過した2002年春には、水田雑草、特に乾性の雑草が優占しましたが、2003年春にはヨシ等湿地性植物や湿性雑草が優占する群落へと遷移が進みました。またタコノアシ、シャジクモ等の貴重植物がのべ9種も出現しました。これは干拓地で眠っていた埋土種子や胞子等が発芽したものと考えられます。
早崎干拓地の地図 飛翔力の大きい鳥類では、湛水後すぐにサギ類が飛来しました。湛水後2年を経過した現在、のべ59種が確認され、湖北野鳥センター(2003)が調査した湖北町尾上近傍の琵琶湖岸で出現する種数(139種)の半数近くに上りました。ただ、サギ科では8種のうち7種が確認された一方、ガンカモ科、シギ科、チドリ科、カモメ科、ワシタカ科、ホオジロ科、ヒタキ科の種数は琵琶湖岸に比して著しく少なく、その理由として干拓地には深い水域や発達した湖岸、水辺林等の環境要素が欠けていることが考えられます。
 魚類ではのべ13種が確認されましたが、ほとんどが周辺水路との共通種でした。周辺水路に生息する魚種の一部が侵入、生息していたと考えられますが、特にコイ科魚類の種数が周辺水路より少なく、放流種と考えられるニゴロブナ以外、琵琶湖固有種は出現しませんでした。固有魚種には、生活史の中で琵琶湖と内湖、水路や水田を往来するものが多く、琵琶湖と水系で繋がっていないため、干拓地に入り込めなかったのだと考えられます。
 このように早崎干拓地では、湛水後、水辺に生息する鳥類が飛来し、徐々に湿地性植物や水辺植物への遷移が進みつつあります。植物相の遷移の速さは、埋土種子やヨシ等の地下茎の存在が大きいと考えられますが、鳥類による種子等の運搬も寄与している可能性があります。早崎干拓地は、地域本来の植物相、鳥類相などの生物多様性回復のポテンシャルが極めて高い地域だといえるでしょう。しかし魚類相は貧弱なままで、現状では在来魚の種数増加は望めません。
 漁獲量の激減などに現れているように、琵琶湖の生物多様性は今、危機的な状況にあります。琵琶湖の生物多様性を保全するためには、内湖の復元など、劣化した湿地環境を積極的に回復する施策が必要です。これまでの調査結果は、早崎干拓地が内湖復元の有力な候補地であることを示しています。ただ現状を維持しても、琵琶湖本来の野生動物が生息可能な環境になるわけではありません。今後、内湖を復元するにあたっては、水辺林や発達した湖岸、一定の水深、琵琶湖との水系の連続性、季節的な水位変動などの環境要素を加える方策を検討する必要があります。

*写真:湛水した早崎干拓地の一部。(南北に走る湖岸道路の東側、2003年8月撮影)

滋賀県琵琶湖研究所 総括研究員 西野麻知子

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