2013年 8月 15日

損が行かなきゃ大抵話すよ――加藤泰監督『瞼の母』

 「あっしは江州阪田の郡…」というタイトルで、小林まことの漫画『関の弥太ッペ』(講談社)を取り上げた記事の投稿日は、2009年9月17日。
 「単行本巻末の予告広告によると、次の連載は『沓掛時次郎』に決まっており、『瞼の母』はまだその先のよう。楽しみに待ちます」と結ばれている。
 それから小林は、予告どおり『沓掛時次郎』(2010年10月)、『一本刀土俵入』(2012年6月)と長谷川伸の股旅ものを漫画化しつづけ、4本目として『瞼の母』の連載が「イブニング」の7月9日発売号から始まった。
 おりしも今年は、長谷川伸の没後50年。命日は6月11日。ネットで検索したかぎりでは、盛り上がっているのは生地横浜のみのよう。小社は、『瞼の母』の主人公、番場の忠太郎の生地、中山道の宿場・番場の隣の宿場・鳥居本にあるわけだが、著作権切れになったからといって特に原作戯曲を出版しようといった予定もなし。番場宿と「瞼の母」については、小社刊『近江歴史回廊ガイドブック 近江中山道』に3ページ分の記述あり。ネット上のたいていの解説よりはくわしい。
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 小林まこと連載が完結したら何か書こうぐらいに思っていたら、7月下旬の新聞で、筑摩書房の新刊として、山根貞男・安井喜雄編『加藤泰、映画を語る』(ちくま文庫)が出たことを知る。1994年に出版された本の増補版である。これを「(書くなら)今でしょ」というサインと受け取ったのは私だけか。
 そう、加藤泰監督の映画『瞼の母』(1962年)の方のことを書いておこう。
 加藤泰による長谷川伸の戯曲の映画化としては、『沓掛時次郎 遊侠一匹』(1966年)の方が有名で、文化庁主催の優秀映画鑑賞推進事業のプログラムにも入っている。私は、水口の碧水ホールの優秀映画鑑賞会で観たし(2003年1月)、米原の県立文化産業交流会館で上映されたこともあったように記憶している。
 『瞼の母』の方は、2006年にDVD化され、レンタルショップの「時代劇」コーナーに並んでくれたおかげで観ることができた。
 驚いた。全体の統一感、漂う緊張感の点で、『沓掛時次郎 遊侠一匹』より身びいきなしに上だと思う。
 まずは、母と妹が待つ郷里へ帰ることにした弟分の半次郎(松方弘樹)と忠太郎(中村錦之助)が別れる渡し場のシーン。尋常ではない。
 そして、江戸に着いた忠太郎が、三味線弾きの老婆(浪花千栄子)を酔っ払いから助けて話しかけるシーン。
 名のある俳優の演技はもちろん、日本画と西洋絵画のハイブリッドみたいな画面の中を横切る点景の人物(物売りや子守娘)がみなすばらしい。
 いつにも増して○○○が多い。△△△撮影がない(=すべて◇◇◇撮影)。
 小説や映画のネタバレはいっこうにかまわない派なのだが、これは事前情報なしで観たほうがよいと思うのでふせ字にしておく。
 観て驚いた方は、『加藤泰、映画を語る』収録のエッセイで、『瞼の母』の撮影秘話をお読みいただきたい。
 昭和36年(1961)暮れのこと、翌年1月公開予定だった中村錦之助映画の製作が延期となり、急遽穴埋め作として、加藤泰が書いておいた『瞼の母』のシナリオが採用され、監督も任される。残された撮影日数はわずか15日。
 撮影時間短縮のために、加藤監督は△△△撮影はしないことを宣言。全篇◇◇◇撮影の股旅ものを無事期限内に完成させた。他のお正月映画の撮影はすべて終了していた時期で、当時の大道具などのスタッフが優秀だったから可能だったと述べられているが、構図にこだわる監督の資質にはむしろこちらの方が合っている気がする。
 同書には、モダンな作風の明治の版画家・小林清親(代表作「東京名所図」)のファンだという発言なども収められていて、なるほどと納得させられた。
 お涙頂戴のベタな人情ドラマとあなどるなかれ。観たら驚く。旧作レンタルで100円か200円だ。
 ただし、やはり今年7月に出版された(これも一種の長谷川伸リバイバルなのか?)藤井康生著『幻影の「昭和芸能」―舞台と映画の競演』(森話社)では、『瞼の母』の舞台化・映画化作品を評するなかで、「東映の中村錦之助(萬屋錦之介)の映画は、語るに値しない」と片づけられてしまっているので、すべての人には保証しない。
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 今回タイトルにしたのは、先の三味線弾きの次に忠太郎に助けられる夜鷹おとら(沢村貞子)の台詞。
 「そんなら何でも聞くがいい、損が行かなきゃ大抵話すよ」
 気のきいた言い回しだなと印象に残ったので、原作戯曲を確認したら原作どおりだった。映画のスジとは関係ないが、個人的な覚えとして。

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