インタビュー1 「樹冠トレイル」について琵琶湖の風を感じていただきながら森にいる動植物の魅力をお伝えできたらと思っています。 滋賀県立琵琶湖博物館 学芸員 林 竜馬さん

植物・自然観察と琵琶湖の眺望が2大コンセプトです。

──林さんのご専門は、花粉の化石をもとに昔の植生を復元することだそうですが、なぜ樹冠トレイルを担当なさったのですか。

林 当館では屋外展示として森がつくられているのですが、そこはただの公園ではなくて、過去の琵琶湖の森を復元しようという目的でつくられており、「縄文・弥生の森」と呼んできました。樹冠トレイルが設置された森は、B展示室で紹介している縄文人が暮らしていた時代の琵琶湖の周りを再現している森なんです。

 ですから、私が専門の過去の森を復元し、どういう生態系だったのかを探る研究に屋外の森はすごくうってつけなんですよ。植物の花粉が採れますし、どういう育ち方をするか、季節ごとにどういう実をつけるか、化石だけからは見えてこない植物の営みを観察できますから。

樹冠トレイル

地上5〜10mの木立の中を歩く

──なるほど。樹冠トレイルをつくる計画はいつ始まったのですか。

林 第1期リニューアルの3年前から議論を始めました。館周辺の屋外をもっと活用するための展示をつくろうということになって、学芸員によるワーキンググループでアイデアを出し合いました。ヨシ原の中を歩ける歩道をつくるという案もありましたね。最終的に具体化したのが、森の中の空中遊歩道、この樹冠トレイルでした。

──東近江市の河辺いきものの森にも、林冠トレイルという設備がありますね。

林 あそこ以外にも大阪の万博記念公園にはもっと長い距離を歩ける空中観察路があります。それらも参考にしましたが、当館には、もう一つ、琵琶湖にもっと近づいてもらおうというコンセプトがありました。せっかく琵琶湖のすぐそばまで来ていながら、入館者の中で湖岸まで出ていく人はごくわずかだったんです。それではもったいない。間近で琵琶湖を眺めてほしい、琵琶湖の風を感じてほしいと。

展望デッキからの琵琶湖の眺望

展望デッキからの琵琶湖の眺望

──植物の林さんのご担当だということもあって、風景を眺める点はアピールしていいものなのかと思っていたのですが。

林 植物・自然観察と琵琶湖の眺望、これが2大コンセプトです。じつは、話す相手、話す場によって、どちらを強調するかを変えているのですが、両方大事です。

本物の丸子船を、3Dスキャナーでスキャンしたんですよ。

──完成までにどのような苦労があったのですか。

林 何もない更地につくるのであれば、工事車両の出入りや建設も簡単なのですが、すでに森が出来上がっていて、その隣には生態観察池という池があったので大変でした。この池はマイクロアクアリウムの餌を採ったり、プランクトンを観察する非常に貴重な場なんです。

──きわっきわの位置につくったわけですね。

林 設計段階からいろいろせめぎ合いがあって。もう少し広い道がないとダンプが入れないというので、最終的には設計業者さんがネットに砂利を入れたものをたくさん池に敷いて道を少し拡幅するという裏技を考えてくださいました。

 それから、メインの丸子舟トレイル(長さ約63.5m)を支える3本柱は約30m間隔で杭が打ってあるのですが、この辺は埋め立て地なので、ボーリング作業をすると、大きな礫がゴロゴロある状態でした。何度か作業がストップしながらも業者の人が手を替え品を替えやってくれて、雪の降るなか、「また石にぶつかった。もう駄目だ。工期が間に合わない」みたいな話をずっとしていて。規模は小さいですが、ほんとに映画『黒部の太陽』みたいでした(苦笑)。

 ようやく形になったと思ったら、9月4日、最後の最後に森が台風21号の被害を受けたんです。事務の方でがんばってくださって補正予算が取れたので、木を補植したり、倒れた木を起こしたりできました。

──丸子船の形をした遊歩道のデザインは、どのように決まったのですか。

林 詳細設計をする段階で、博物館のシンボルになるモチーフの形にすることになって、アザラシ、ナマズなどの案もあった中、最終的に琵琶湖に船出していく丸子船のイメージが展望デッキにつながる歩道のモチーフに決まりました。実際にB展示室にある本物の丸子船を、業者さんが3Dスキャナーでスキャンしたんですよ。

 こだわってやってくださる設計業者さんで、へさきの部分の角度なども3Dスキャナーのデータからかなり実物寄りに再現されています。浮力を稼ぐために丸子船の側面についている、スギなどの丸太を半分に切った「おも木」にあたる部分もありますし、トレイルの入口にある三角形の構造物も、船の後部にある「とびのお」と呼ばれる特徴的な部材を再現したものなんです。

──歩いていると、いくつもの解説パネルとオブジェに出会いますね。

あちこちにブロンズ製のオブジェ

あちこちにブロンズ製のオブジェ

林 設計段階から考えていたものです。解説パネルは8枚あって、「はしかけ」の方と「森人」というグループを立ち上げて、一緒に写真を撮ったりしながら製作しました。学芸員の視点でつくる解説パネルではなく、ユーザー目線でつくっています。

 ブロンズ製のオブジェは、第1期リニューアルのマイクロアクアリウムでもお世話になった成安造形大学の宇野君平准教授とお知り合いの鋳物職人さんに協力いただき、学生たちがデザインした作品です。

──今後は、どんどん木が増えるイメージですか。

林 木が大きくなって、理想的には森になってほしいんですよね。公園ではなくて。いまはまだ明るい感じですけど、やがて大きくなった木々が空間や光を奪い合います。すると、だんだん暗くなって、暗いところじゃないと生えないような木がどんどん育っていきます。種から大きくなった稚樹や低木が少しずつ育って、それらが自然に世代交代して、どんどん生態系を維持し続ける森のシステムができてほしいです。

──何年かかるのですか。

林 まあ100年ぐらいかな。理想の話です。でも、もう開館から20年ぐらいたっているわけですから。

──現時点では、ガイド役にあたる方はおられず、来館者が自由に行き来するかたちだけなのですか。

林 これまでに3回、「森人」の方とガイドツアーをやりました。もっと定期的に樹冠トレイルツアーとして開催したいと思っています。それと、「森人ガイドブック」というパンフも製作しました。これらで森にいる動植物の魅力をお伝えできたらと思っています。

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