近江町はにわ館

「息長博士、行方不明?」     
   「失踪前に謎のファックス?」

はにわ山古墳を舞台に繰り広げられるミステリー。
さて、事件の真相やいかに、というわけで、さっそく館内へ。


小北晶男さん▼近江町はにわ館 館長 小北 晶男さん

▽インタビュー・構成 編集部

 ▽今日伺ったのは、たんに施設を紹介するというだけでなく、こちらの印象なんですが、従来の”行政がつくった”もののイメージを裏切るインパクト(もしくはエンターテイメント性)があるな、ということで。アイデアの出所だとか、企画段階からの経緯などもお聞きしたいと思っているんですが。
▼ そうですね。確かに今までないものだと思います。郷土の歴史を勉強してもらうのに”手をふれないでください”では淋しいですし、施設を作っても利用されないのでは意味がない。もともと博物館を目指していたのではなく、本当に近江町の歴史を語りかけるにはどうしたら良いのか、ということで、これまでの手法ではない手法でやってみようというのがこちらの考えなんです。
▽商売柄つい気になるんですが(笑)、広告代理店とかが絡んでるのかな、と思ったんですね。号外新聞とかノリを見ていると、はしゃぎ方がうまいというか。
▼ ああ、なるほど。展示室のつくりを見てもらうと、展示物でもってその歴史的・地理的背景を見てもらおうとしているのがお分かりいただけるかと思うんですね。歴史的・地理的なことを平面でバーンと出すのではなく、息長博士という埴輪や古墳を研究している架空の人物を想定して、博士の研究対象として近江町の出土物、古墳群があるわけです。で、その号外新聞というのは、まず息長博士の存在を知って貰うためのきっかけ、イントロ部分になるわけなんです。おおもとのプランはこちらからなんですが、じゃあ具体的にどんな内容にするかは業者からの提案を採用させてもらっています。
▽息長博士というワンクッションを置くことで、ストーリー性が生まれてきますね。
▼そうです。息長博士は館と入館者のフィルターということになりますね。

息長博士の研究室

▽まず、説明っぽくなりますが、展示室入口に博士が行方不明になったという号外新聞が置かれています。事件の経緯を探るには、その日の博士の足どりを辿らなければということで、必然的に博士の研究室が登場するわけですね。

▼ええ。で、そこに博士の研究成果物として、黒板に豪族息長氏の系譜が記されていたり、机の前に貼られたピンナップ写真として近江町の古墳群がさりげなく展示されているわけです。

▽それにしてもディテールにまで凝ってありますね。同じ架空の人物であるシャーロック・ホームズを連想してしまいます。博士には一人娘がいて、釣りが趣味で、鉛筆立ての耳掻きや2B、HBのわりと濃いめの鉛筆を使うんだな、とか息長博士の人物像を小物で描写するという。

▼そうですね。ここらへんは大人の方にわかってもらえるユーモアというか。結構好評なんですよ。あまり凝りすぎると不快になりますけれどね。

▽で、その隣に復元作業をおこなうスペースがあって、これもついさっきまで博士が作業をしていたかのような気配を感じさせますね。

▼そうでしょう。で、実際に復元作業がどのようにおこなわれるかを紹介するスペースでもあるんですね。後ろのボードに貼られた写真は町内の古墳群での作業風景を撮影したものですから。

▽ところで、博士が調査していたはにわ山なんですが、町内に実在するんですか。

▼いえいえ、これも架空です。古墳というものがどんなものであるかを説明するために登場したんです。

▽なるほど。で、博士の研究室からいよいよそのはにわ山古墳へ。舞台装置みたいですね。

はにわ山古墳

▽一部を原寸で展示というのはよくありますが、この場合は「ここがはにわ山古墳です!」といった感じですね。

▼そうです。古墳がどのような構造になっているのか、はにわはどのように飾られているのかを、架空のはにわ山古墳で勉強してもらうわけです。

▽で、横穴式石室に入ると……。

▼ 中は石室コスモシアターです。号外新聞にあったように、博士は「古墳タイムマシン説」を提唱してるんですね。古墳が過去と未来をつなぐ超常エネルギーを発しているのではないかという。で、博士は実は千五百年前の古墳時代にタイムスリップしてるんです。そして過去の映像をパソコンを通じて現代に送っていると。その通信映像が画面に映し出されているんです。

▽本当だ、古墳を作る人に混じって博士がレポートしてますね。

▼ええ、実際の撮影は京都府綾部市の私市円山古墳公園と大阪府高槻市の新池埴輪工場公園でおこなわれているんですが。

▽ここまでくると、見事なはにわ戦略ですね。

▽展示されているはにわは実物で、子供たちがはしゃぎすぎて何度か壊れた、という話を聞いたんですが。

▼何度か。でも、出土したはにわ自体が壊れた状態で見つかっているわけですし。壊れちゃったらまたボンドでくっつけりゃいいや、って感覚なんですけどね。それよりも触ってみたりできるほうが大事ですから。

 ▽で、バーチャルミュージアムのゲームが子供たちに大変人気だとか。

▼ええ、平日でも学校が終わればワッと子供たちがやってきますね。ハイスコアを出すと名前が登録できるんです。ゲームの内容もQ&A方式だけじゃなくて、実際に「はにまろくん」といった勇者や「ヒロヒメ」といった息長氏ゆかりのプリンセスキャラクターを登場させて、画面をクリアしていく本格的なゲームソフト内容になっています。

▽下世話かもしれませんが、そういったソフト開発の費用というのは。

▼いま、子供たちが楽しんでいるバーチャルミュージアムのソフトは専門の企業に依頼して、約二千六百万円かかっています。ですが、通常のゲームソフト開発と比べれば格安ですよ。

▽ ちょっと判断がつきかねるんですが。でも見ていると、設置された4台すべてに子供が向かっていて、まわりには順番待ちらしき子もいる。減価償却とは言わないでしょうけれども、利用頻度からすると、それぐらいするのかな、という感じですね。それにしても、いまの子供たちは本当にマウスだとか使い慣れてますね。

▼そうですね。何のためらいもなくですね。操作方法だとか、ゲームについての説明みたいなものは全然やってないんですよ。でも、子供たちは勝手に覚えて楽しんでいてくれますから。

▽近江町の子供たちは郷土の豪族息長氏のことを、学校で特別に学んだりすることはあるんですか。

▼ええ。この館ができる以前から郷土の歴史を学ぶ授業というのがあって、私たち職員が学校に出かけ、息長氏について話をしたりしてたんですね。ですから、この館はその延長線上にできたのであって。その積み重ねがあったからこそ、館が誕生する意義もあったんです。

▽私自身、息長氏は古墳時代の豪族というぐらいしか知識がないんですが、その小学校で話されているレベルの内容で、息長氏について説明願えますか。

古代豪族息長氏

▼古墳時代後期(5世紀後半から6世紀)、時の中央政権である大和朝廷に対し、大きな勢力を持っていたのが豪族息長氏です。その時代の豪族と言えば、蘇我氏、物部氏、藤原氏などが有名ですが、それらを中央豪族と呼ぶのに対し、息長氏は地方豪族と呼ばれ、現在、近江町を流れる天の川の右岸流域から長浜市南部にかけて本拠を構えていました。
 地方豪族で朝廷と深く関わったのはこの息長氏だけで、卑弥呼のモデルではないかとされる神功皇后をはじめ、何代にも渡って皇后を送り出してきた不思議な集団です。しかし、当時の文献などがほとんど残っていないため、その真相はベールに包まれています。なぜ、息長氏が大きな勢力を持つことができたかについては、近江町が美濃から東国、さらに北陸へ向かう道筋の交差点に位置したため、日本海経由の対外交易を有利におこない力をつけたのではないかと言われています。また、息長氏の始祖は水神のような存在の人ではなかったかとされ、水神祭祀儀礼を執り行うことで、朝廷との関係を深めていったとも考えられています。町内には息長氏ゆかりの古墳が多数点在し、県内でも有数の古墳群居地です。

▽ありがとうございます。歴史の教科書には登場しないけれども、そうやって朝廷を影から動かしていたというか、ミステリアスな集団なんですね。

▼そうですね。「幻の中央豪族」とも称されますから。

▽今日は色々とお話ありがとうございました。ところで、息長博士の今後なんですが。

▼ええ、時期がくれば第二弾というのも考えなくては、と思っています。


(1999年5月30日)

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