介護保険、始まる


 4月1日から新しい「介護保険制度」がスタートします。誰もが「権利」として希望するサービスを受けることができる代わりに、高齢者全員と高齢者予備軍(40歳~65歳)には新たに介護保険料負担の「義務」が生じるわけで、このギブ&テイクな時代の幕開けに多少の違和感と不安を抱かずにはいられません。

 そこで今回は介護サービスにこだわる彦根市内のNPO「ぽぽハウス」を取材し、制度発足まで秒読み段階のいまの状況と介護サービスする側、される側についてお話をうかがってみました。

インタビュー NPOぽぽハウス


■NPOぽぽハウスとは?

 平成11年4月、高齢者の生き甲斐づくりを目的に「生活のお手伝いができれば」と考える人たち約20名が集まり、彦根市小泉町に発足。同年11月には滋賀県下初の基準該当の居宅サービス事業所として登録され、今年4月からの介護保険制度に向けてヘルパーの研修や実習を重ねてきた。現在、ヘルパー部門、ボランティア部門、幼児部門の3つの部門において活動を行っている。ヘルパー部門ではケアプラン作成をはじめ、在宅介護サービスを行う。

 ぽぽハウスの「ぽぽ」は、たんぽぽのぽぽ、一歩一歩のぽぽ、ハトぽっぽのぽぽに由来する。

ぽぽハウス事務局  彦根市小泉町869

          TEL.0749-22-3222



理事長 山脇玲子さん、高木有子さん、谷沢典子さん

▽介護保険制度の導入でマスコミでも連日のようにニュースが報道されていますが、これから対象となる人はいいとして、この過渡期を越さなければならない、これまでの制度にのっとってきた高齢者の方の不安や動揺は大きいだろうと思うんですが。

▼ 高齢者の方はどうしてもこれまでの感覚で、福祉は上から下りてくるもんや、と思ってはるんですね。だから申請しなければ介護サービスが受けられないということを知らない人もまだ多いです。実際、「要介護4」に該当するような人が、ついこの間まで申請してなかったということもありました。新制度のスタートを前にして、迷子になってはる人が多いなというのが実感ですね。

 いま一番時間をさいているのがそうした高齢者に「介護保険制度」を説明することなんです。窓口はうちじゃないのにと思いながらも「どうしたらええんや」「もうサービスが受けられへんのか」って電話がかかってきたら、早く不安から解放してあげたいと思うし、「自分たちでサービスを選ぶ権利があるんですよ」「うち(ぽぽハウス)以外のところを利用してもらってもいいんですよ」って、それに追われてますね。

▽そういった混乱は、介護サービスする側にも言えることですか?

▼そうです。例えば在宅サービスは「身体介護」と「家事援助」、この二つが入り交じった「複合型」の3つに別れますが、家事援助のために訪れたヘルパーが食事の支度の最中に、オムツが匂うな、となっても排泄は身体介護に当たるから行えないと。気持ちでは割り切れるわけがないですよね。そのために複合型というのができたんでしょうけれど、どこからどこまでを複合するのか、私たちも国の指示を待っている状態です。

▽話が前後するんですが、ぽぽハウスの発足の経緯というのは。

▼ (山脇)私はずっと家で義母の介護をしてきたんです。最後まで見届けましたが、それまでいろんな方のお世話になって有り難かったというのと、これで良かったんかという疑問が残った。その疑問を突き詰めたいというのと、その時お世話になった御恩を返したいというのがそもそもの動機ですね。

▼(高木)私は主人の仕事の都合で転勤族をやっているんですが、自分の両親のことはやっぱり気になりますよね。もしどちらかが寝たきりになったらどうしてあげられるんやろって。確実に老いはやってきますから。そやから、もしどちらかがそうなってしまったとしても、その時までに私がちゃんと介護できるようになっておけばええんやと。それが始まりで勉強をするうちに、今度は「なんか違うやろ」っていう疑問が沸々と湧いてきたんです。ヘルパーの仕事をするにしても、決められた時間内に依頼された仕事をきちんと片づけるのが質が高いということになるんかとかね。

▽やはり皆さんそういった事情をお持ちなんですね。

▼40歳越えてヘルパーを目指そうという人は、やっぱり何かあって、何かを考えてはる人が多いですね。そやからお金やなくて、自分の心の余力、やさしさと余った時間を出していこうという主旨に賛同してくれる人が20人ばかり集まりました。主婦がほとんどやったから、最初は「何かやりたい」「何ができるんやろ」って手探りの状態で、何をやるにも最短の逆の最長経路やったけれど、いろんなとこに問い合わせにいくうちに知恵を授けてくれはる人も出てきました。で、何かをやるんやったら自分たちの思いが真剣であることをまず自分たち自身が心に据えなあかん、グループとしてもう一つ高いところを目指そうというんで、NPOとして平成11年の4月に発足しました。

▽いま現在の人数は?

▼50名にのぼります。うち30名はヘルパーの資格を持っている人たちで、残りの20名はボランティアや主旨に賛同してくださった方です。お金はないけど、情熱のある人ばかりの集まりで、新しくぽぽに加わりたいという人には「ぽぽでお金儲けはできませんよ」というのを一番にお話ししています(笑)。

▽お金がないという話が出たところで、ぽぽハウスの組織としての説明をお願いしたいんですが。

マーク▼NPO(民間非営利組織)として発足しましたから、県の指定業者になることはできませんが、特定の市区町村の基準該当事業者としては事業活動が認められます。ぽぽハウスは彦根市で基準該当事業者の認定を受けたんですが、それが市内初であると同時に県下初だったというので、随分取材も受けました。 NPOとしてヘルパーの派遣を行う場合、もちろんヘルパーの報酬はありますが、利益をメンバーで分配するということはできません。ですが、ボランティア活動など公共的な費用に使う分は認められます。まぁ、早い話がぽぽハウスはほとんどメンバーからの会費と自腹で成り立っているということですね。

▽法人格になることも可能なんですよね。

▼NPO法案の成立で法人格の取得が容易になりました。取得すればいろいろ有利な点も多いです。でも、法人になれば市外からの要請にも対応していかなければなりません。まず自分たちの地域(彦根市)から住み良いところにしたいですし、まだそれだけの活動力が備わってないということもあって、いまはまだその時期ではないかなと思います。

 例えばヘルパーが1時間のサービスで依頼された介護業務をすべてこなしたとしますね。でもお年寄りが一番望まれているのはおしゃべりだとか、誰かと過ごす時間だったりする場合もあります。そんな時に必要ならばボランティアの人を派遣し、心のケアのお手伝いができるような組織でありたいんです。

▽組織としての枠組みに逆に規制されることのないよう、ということですね。ところでヘルパーが家庭の中に入るということは簡単なことではないですよね。

▼ それはもう。まず家庭の中に入っていって違和感がなくなるまでに相当な時間がかかりますね。彦根市の地域性をとってみても、まだまだ他人が家の中に入るということに閉鎖的ですから、ヘルパーさんに来てもらう前に家の中を片づけとかなあかん、ということになるんです。彦根市では城西や城東、お城のまわりの地区で特に高齢化が進んでいるんですが、高齢者自身も「いやぁ、自分のことは自分でできます」って、他人に家に入られるのをよしとしないようです。

▽親の面倒は家族で見るというのが昔なら美談であったけれども、いまでは悲話になりつつある。需要は増えているはずなのに、そういった田舎の風潮が邪魔をしていると。

▼そう言えますね。家族が親の面倒を見るにしても、看護と介護は違うんです。いつ終わるともわからない状況の中で、家族、特にお嫁さんの心身が疲労しきっていく。実際それで虐待に走ってしまうケースもあるんです。

 ヘルパーがお宅を訪問して、お年寄りから一番よく聞くのが「はよ死にたい」というつぶやきです。ヘルパーは返す言葉が出てこないと言うんですね。でもそういうお年寄りに、もうちょっと長生きしてみよか、生きてて良かった、と思わせるのも私たちの仕事やないかと思うんです。そのためにはヘルパーの質を上げなければならない。幸いぽぽハウスのメンバーはどこかで講習が開かれるとなると、自腹を切って参加するという人らが多いんで。電車に乗るのに慣れてないから、ついタクシーを使ってしまって何か高く付いたなぁということも多いですけど(笑)。

▽ヘルパーの質を評価する基準は人それぞれ違いますよね。

▼私たちの基準とも違いますしね。寝たきりのお年寄りの家に行って掃除をすると、どこから掃除します? 多分、畳や床、下から掃除機をかけますよね。でも、寝たきりの人が一番きれいにしておいてほしいのは天井なんですよ。天井の隅のクモの巣やとかをずっと気にしてはるんです。そういうことに気づいてあげられるかどうか。食事にしても90歳近いお年寄りが「健康のために」と、味の薄い薄い料理を出されて本当に喜ばはるかどうか。そういった介護する側とされる側のギャップ一つひとつに対してコミュニケーションをとって、相手の考えやスタイルを理解していく。それができるかどうかです。またお年寄りは、自分がどうして欲しいのか考えることで自分の流儀を思い出さはるんですね。これが結局、ボケの防止にもつながるんやないかと思うんですが。

▽いま、介護市場は関連分野も含めると10兆円の巨大マーケットとも言われ、大手企業の市場参入など、介護事業者の増加も著しいようですが。

▼いまある団体も、これから増えていく民間企業にしても、介護サービスのレベルは良い方に合わせていかなければ地域全体の不幸ですよね。自分もいつかは介護される側になるんだから、その時までにサービスの質を上げておきたいというのも一つはあります。うちも含めて質の悪いところは淘汰されていく、それがこれからは当然やと思っています。

 ヘルパーが思い込みで自分のスタイルを押し付けたら、それは質の悪いサービスです。一人ひとり、考え方も違えば嗜好も違う。時間内にテキパキ仕事をこなすだけがヘルパーに求められる能力ではないことを理解しないと、とても勤まる仕事やないですね。このことを全部踏まえて、いまケアプランを立てているケアマネジャーは本当に大変ですよ。

▽本日はどうもありがとうございました。財政的に苦しいとおっしゃってたのが気になるところではあるんですが。

▼ありがとうございます。もちろん寄付の申し出もあることはあるんです。でも、それによってぽぽハウスに色が付くのがいやで、お断りしてるんです。

▼(谷沢)山脇もメンバーのみんなも理想が高いんです。会の運営費も捻出しかねている我々が、大きなことばかり言ってないで大地に根を降ろすのが先だと、私が締め役に回ってます(笑)。

▼(高木)私も最初はあれがしたい、これがしたいって。そのお金はどこから出るんやって、最近やっと地に足の着いた考え方ができるようになったかな。

▽どうもありがとうございました。

(2000年3月1日)

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