近江作庭家の系譜

近江作庭家の系譜 小堀遠州・鈍穴・西澤文隆

角 省三
B6判 224ページ 並製
ISBN978-4-88325-430-9 C0026
奥付の初版発行年月:2010年11月
書店発売日:2010年11月10日
品切
952円+税

担当から一言

戦国から江戸、幕末から明治、そして大正から昭和。それぞれ時代の転換期に、独自の「美」を追求した近江出身の作庭家(建築家)の生涯と作品に迫る連作評伝。「滋賀作家」連載分に図版を加えて待望の刊行。

内容紹介

近江に生まれ育った近世から現代の作庭家(建築家)についての人物評伝。江戸初期に茶道や造園などで独自の美を究めた「小堀遠州」、幕末維新期に茶道では宗益、築庭では鈍穴と号した「勝元宗益」、現代建築に大きな影響を与えた昭和の建築家「西澤文隆」。それぞれの生涯をたどり、作品の魅力に迫る。
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目次

第一章 孤篷の人 ─評伝 小堀遠州─
 一、遠州公顕彰会
 二、利休との出会い
 三、先師・古田織部
 四、膳所焼美術館
 五、吉野の花見に舞う
 六、「夢の字」茶碗
 七、古田織部の死
 八、備中国奉行の遠州
 九、将軍に捧げた二つの蓬莱庭園
 十、周辺の多彩な人たち
十一、小室藩と近江孤篷庵
十二、レオナルド・ダ・ヴィンチと遠州
十三、改革仕掛人
十四、遠州と文学
十五、画像に見る遠州
十六、知られていない「正座」のこと
十七、知られていない「桂離宮」のこと
十八、知られていない「裂地」好き
十九、知られていない浅井家とのこと
二十、一輪の紅梅

第二章 作庭家・鈍穴
 一、俊才 郷里を追われる
 二、放浪 そして脱俗の庭
 三、月を呑み込む
 四、繖山の宝篋印塔

第三章 透徹の人 ─評伝 西澤文隆─
 一、昭和の小堀遠州
 二、各地に残る名建築
 三、実測図へのこだわり
 四、透明人間
 五、蒲生野「箕作山」

前書きなど

「小堀遠州」は今年書き終えたばかりの評伝であるが、「鈍穴」は平成十四年、「西澤文隆」は平成十五年に書いた人物評伝である。
 期間が八年も経過しながら、それらをあえて取りあげ『近江作庭家の系譜』などとして、改めて出版してみようという気になったのは、次のような理由からである。
 三人は、江戸初期、明治、そして昭和と、日本の違った三つの時代の転換期を生きながら、その時代に翻弄されることなく、まわりから拘束されることもなく、平然と自分流の生涯を全うしている。
 三人はある種の頑固さを持ちながらも、自然と文化が豊かな近江育ちの特性なのか、人に対する優しさを持ち、それでいて譲ることのできない「自由」を尊んだ。「遊び心」を持ち、ユーモアを解し、それぞれが個性的な生き方を楽しんでいる。
 武功や立身出世をあえて求めず、財を蓄積するを好まず、ひたすら銭にならない「美」を追求することに没頭していたことも、共通点であったように見受けられる。
 私はそれらのことに何故か惹かれた。
 近江国については、そこを通り過ぎた戦国武将たちのことが多く語られ、又、近代商業の基礎を作った近江商人の里として、その商法や理念が語り続けられている。
 しかしながら、日本人の精神的支柱ともなる文化的創造に携わった〝超俗の文化人〟について、多く語られることは無かった。
 小堀遠州と、鈍穴(勝元宗益)と、西澤文隆を追いながら、現状に飽き足りず常に新しいものを探し求め、建築や作庭に大きな業績を残した近江国の先覚たちのロマン、そしてその生きかたに、遙かな思いを馳せ巡らせて頂くことができれば、それは望外の喜びとするところである。
   
   平成二十二年十月

著者プロフィール

角 省三(スミ ショウゾウ)

1936年 滋賀県彦根市生まれ
1958年 同志社大学文学部(新聞学専攻)卒業
1963年 江崎グリコ株式会社に入社
1996年 江崎グリコ株式会社大阪本社にて定年退職
所属団体 滋賀作家クラブ、彦根文芸協会、随筆集団多景島、文芸サークル菜の花
著  書 『京の古寺 庭めぐり』朝日カルチャーセンター刊(初版1995年 2版2001年)
連  載 「近江庭紀行」滋賀民報紙(2000年)

   

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