インタビュー3:リニューアルオープン記念コレクション展 「ひらけ!温故知新─重要文化財・桑実寺縁起絵巻を手がかりに─」について 地域の文化財から当館の館蔵品を見ると、どういう見方ができるのか。

これまでは名脇役ポジションみたいな位置づけ。

──大原さんは、県立近代美術館の時代に来られたのは何年からになりますか。

大原 2016年4月から働いています。1年働いたところで休館になりました。大学では、長谷川等伯など、桃山時代から江戸初めぐらいの絵画を勉強していました。

──今回、「近代」という言葉が取れたのは大原さんとしてはありがたいのでは?

大原 そうですね。いままで最終的な着地点を「近代」に持っていかなきゃいけない雰囲気はあったと先輩方から聞いたりしていたので。時代のくくりにとらわれずに、滋賀県の美術を紹介できるという点では。

 そうした時代区分からの自由さだけでなく、「ひらけ!温故知新」展は、「こんなすてきな作品もありますよ」と、地域の文化財を皆さんに見ていただく場となるように考えています。そこに、地域の文化財から当館の館蔵品を見ると、どういう見方ができるのか、という視点を加えて企画しました。

──なるほど。『桑実寺縁起絵巻』を取り上げようとなさった理由は?

大原 滋賀県内で見ていただけるのは、2010年に当館で開催した「白洲正子展」以来のことになりますが、一昨年は九州国立博物館の「室町将軍展」、昨年は東京国立博物館の「桃山展」でも展示されたように、比較的目にする機会の多い絵巻なのですが、これまでは名脇役ポジションみたいな位置づけで、メインにすえられることはあまりなかったように思います。研究者は優れた作品だと知っているのだけれども、それが一般の美術好きの方にまで届いていなかったというか。

 私も事前の調査で、初めてガラス越しではなく作品を見たのですが、まず絵の具の質のよさに驚かされました。やっぱり足利将軍からの依頼でつくられた、気合の入った絵巻なんだなぁと。

──当時、将軍足利義晴は近江守護の六角氏を頼って京から近江に避難していた。

大原 そうです。将軍義晴は近江にいながら、京都の公家・三条西実隆に、詞書(絵巻の説明文)の文章を依頼して、文章が出来上がると、絵所預で仕事をしていた土佐光茂が絵を担当することになり、さらに詞書の清書は後奈良天皇に頼んじゃうということをしています。

──一流どころをそろえて、絵巻自体からは、危機的状況にある足利将軍といった感じはまったく感じられません。

大原 そうなんです。ただ、足利義晴の気持ちとしては、絵巻を奉納して、薬師如来の加護で自分も京都に戻れるといいなという思いがあったのではないでしょうか。実際、この絵巻を奉納してから、次に京都に戻れたのは約2年後だそうですが。

 こうした神仏への祈りもふくめて、『桑実寺縁起絵巻』から、他の作品を見るための三つの観点を提示しています。

ドローンで周辺の風景を撮影して、展示映像を制作しました。

──まず、一つ目が「パノラマの視点」。

大原 今回、ドローンで周辺の風景を撮影してもらって、展示映像を制作しました。桑実寺がある繖山(近江八幡市)に登って現在見える景観と絵巻に描かれた景観を見比べられるような映像になっています。それを見て、実際に自分で見たいと思った方は、ぜひ桑実寺に足を運んでください。

──かなり一致するのですか。

大原 はい。そのあたりは今回講演会(8ページ参照)でお話しいただく滋賀県立大学の亀井若菜先生がくわしくご研究されているところなのですが、絵師の土佐光茂は実際に近江まで足を運んで、桑実寺周辺の景観を観察したうえで絵巻を描いたようです。山の形などがぴったり合うんですね。あの辺りは、埋め立てられた内湖もあるので、現在との違いも見てとれます。

 ただ、画家は見たままを絵にするわけではなく、足利将軍が仮幕府を開いた地としてお寺の由緒正しさを称揚する意図もあったはずで、実際の景観を生かしながらどう描くかというところに、画家の力が出てくるかと思います。
 同様に画家が景観を取材して描いている作品として、館蔵品で重要文化財の『近江名所図』、横山大観の『鳰之浦絵巻』などを紹介します。

──二つ目が、「ストーリーを描く」。

大原 絵巻は、絵と言葉の両方が内容を補完し合うものなので、その視点から、画家や作家が、言葉や物語に触発されて制作した作品をピックアップします。

 三橋節子が近江の昔話を主題にした『田鶴来』、小林古径が「竹取物語」をモチーフに描いた《竹取物語難破》、少し変わったところでは、志村ふくみの「源氏物語シリーズ」、『源氏物語』の巻の名前が作品名になっている紬織着物を展示します。

『桑実寺縁起絵巻』は、近江大津宮に都を置いた天智天皇の頃(飛鳥時代)の出来事にあたりますが、吹抜屋台の技法を用いて宮中の女性たちが平安朝の風俗で描かれていたり(2ページ参照)、『源氏物語絵巻』を連想させるところもあるんです。

──そして、三つ目が「祈りの情景」。

大原 『桑実寺縁起絵巻』の上巻は、天智天皇の第四皇女・阿閇姫の病気が薬師如来の加護で治って、みんな喜んで涙を流します。下巻では薬師如来が水牛と白馬を乗り継いで桑実寺の境内まで飛んできます。姫はその後、元明天皇として即位し、桑実寺に再び参拝して、最後は薬師如来を守る十二神将を従えた日光・月光菩薩が登場。という流れで、絵巻をつくろうとする根底には、神仏への祈りがあったと思います。

 その関連で、膳所にある石坐神社所蔵の神像(非公開)を描いた小倉遊亀の『或る御神像』などを展示します。

──小倉遊亀さんには、生活や日常というイメージが強いですが。

大原 意外と観世音菩薩を描いたり、この御神像のような作品もあるんです。花や野菜などの静物画の場合も、3点組で描いている作品には、本尊と脇侍による三尊形式が重ねられていたそうです。奥に遊亀さんの信仰心を感じられるような作品を展示します。


編集後記

本文中ではスペースがなかったので以下に記すと、『桑実寺縁起絵巻』は上巻13m、下巻9mもあるので、4回に分けての展示となります。
 6月27日㈰〜7月11日㈰:上巻第一段、第二段、第三段詞書
 7月13日㈫〜7月25日㈰:上巻第三段絵、第四段、奥書
 7月27日㈫〜8月9日㈪:下巻第一段
 8月11日㈬〜8月22日㈰:下巻第二段、第三段、奥書 (キ)

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