伊吹山風土記

淡海文庫 69
伊吹山風土記

髙橋 順之
B6判 224ページ 並製
ISBN978-4-88325-756-0 C0321
奥付の初版発行年月:2022年03月
書店発売日:2022年04月01日
在庫あり
1500円+税

内容紹介

 滋賀県の最高峰である伊吹山は、深田久弥が選んだ「日本百名山」のうち高さでは98位(標高1377m)ながら、ヤマトタケルの遭難地として『古事記』『日本書紀』に富士山よりも早く現れるなど、古代から人々の暮らしと深い関わりを有してきた。
 伊吹山の麓で生まれ育った著者が、自生する貴重な植物群、修験道の行場となった奇岩や巨岩、北近江の地を治めた京極氏、山肌の石灰岩や花崗岩の利用、スキー・登山ブームのさきがけの地など、10のテーマで伊吹山の歴史と魅力を紹介。

目次

 はじめに
第1章 伊吹山概説
 「日本百名山」のなかの伊吹山
 伊吹山の成り立ちと生きものたち
 厳しい山
 [コラム]山麓を汽車が走った
第2章 縄文人のくらしと祈り
 縄文人の楽園まいばら
 山と縄文人のくらし
 遺跡にくらす、遺跡を活かす
 [コラム]河内のオコナイと男根
第3章 ヤマトタケルと荒ぶる神
 伊吹山までの足跡
 伊吹山の荒ぶる神
 伊吹山の神を探る
 [コラム]番場の彫刻家泉亮之
第4章 伊吹山と古代製鉄
 イブキは「息吹き」
 伊吹山麓の製鉄関連地名
 古代氏族と鉄の神社
 [コラム]伊吹に学ぶ、伊吹で学ぶ
第5章 伊吹山の山寺
 伊吹山の山岳信仰
 展開する社寺
 江戸時代の伊吹修験
 [コラム]伊吹山を描いた絵図
第6章 山寺から山城へ
 城塞化する山寺
 北近江の巨大城郭上平寺城
 京極氏のふるさと米原
 [コラム]米原の城とまちづくり
第7章 伊吹山をめぐる水
 山の神を祀る神社
 伊吹山がみつめる姉川水利
 伊吹山をとりまく太鼓踊り
 [コラム]近江と美濃を結ぶ里奥伊吹甲津原
第8章 伊吹山の石材利用
 石工の村曲谷
 農民の文化財シシ垣
 石灰生産とセメント産業
 [コラム]曲谷石工の活躍
第9章 伊吹山の植物利用
 伊吹山と本草学
 牧野富太郎と伊吹山
 対山館資料に見る植物利用
 [コラム]ニホンジカから山を守れ
第10章 近代登山と伊吹山
 江戸時代の伊吹登山
 近代登山黎明期と伊吹山
 伊吹山の登山基地上野
 [コラム]中山再次郎と伊吹山スキー場
 おわりに

前書きなど

 近江と美濃の国境にそびえる伊吹山(標高一三七七メートル)は、滋賀県米原市、岐阜県揖斐川町・関ケ原町に属す。文筆家深田久弥が「日本百名山」に選定したことや、近年の登山ブーム、東海と京阪神から交通の便が良いことなどから、冬期をふくめ年間を通じて多くの登山者が訪れる。
 かつては、関西最古のスキー場として、筆者の子どものころ、ゲレンデはイモの子を洗うような混雑ぶりで、集落のなかをリフト待ちの人々の長い行列ができていた。現在では、登山マラソンの練習をする人たちの姿をみかけ、競技や健康志向で登る人も多い。
 山頂には、日本の高地にはまれな多様な植物が自生する天然記念物「伊吹山頂草原植物群落」のお花畑が広がる。中腹の三合目にも、夏の夜に花咲かせる「ユウスゲ群落」をはじめとする、山頂に匹敵する植物群落がみられる花の山としても知られ、花の研究者や愛好者が足繁く訪れる。
 さらに、九合目付近までドライブウェイが通じていることから、四月から一一月までは、観光客がバスを連ねて訪れる。山頂は重装備の登山者から、ズック靴で軽装の男女や家族連れが交雑する。このように、一般的には、登山の山、スキーの山、お花畑の山、観光の山として、伊吹山はイメージされている。
 そんな伊吹山は、「歴史の山百選」にも選定されている。ここに選ばれている百座は、高い嶮しい山が以外に少なく、むしろ一〇〇〇メートル以下の低い山で、とくに、日本人が宗教的対象とした霊山が圧倒的に多い。歴史の山百選のうち「日本百名山」と重複する山は三二座にすぎない。そのひとつである伊吹山に関する書籍の多くは、花を中心とした自然の紹介や、登山案内や観光、これらを総合したもののほかに、写真集が主流である。試しに滋賀県立図書館の蔵書検索で「伊吹山」を検索すると一三七件が掲示されたが、そのうち伊吹山そのものを取り上げた本が六〇件ほどあった。そのなかで歴史文化に関するものは一〇件程度に過ぎず、半数が旧伊吹町や米原市で発行した冊子であった。
 日本を代表する名山富士山は、『常陸国風土記』に、百名山のひとつ筑波山とともに登場するのが最古の文献資料とされる。伊吹山は、これに先んじて日本のもっとも古い歴史書である『古事記』『日本書紀』にすでに登場している。これにかぎらず、今回伊吹山の歴史事象を紹介するにあたって、歴史の山百選の山々は、奈良・平安時代の山岳信仰から歴史が判明している山が多いなかで、伊吹山は縄文時代以降の日本の歴史序列に沿って近代まで書き進めることができた。さらに、製鉄や石材利用などの生業に関する話題も豊富である。
 これほど、山と人との歴史が語れる山があるだろうか。本書では、第一章で人との関わりに大きな影響をもたらした伊吹山の自然を紹介して、伊吹山を概観する。第二章では人との関わりのはじまりである縄文時代の伊吹山麓を考察し、発掘調査の成果も加えた。第三章では『古事記』『日本書紀』のヤマトタケル神話から伊吹の神の本質を考える。第四章では古くから近江の鉄生産に深くかかわっているといわれながら、いまもなお解明されていない伊吹製鉄にせまる試みである。第五章は荒ぶる神の力を得るために伊吹山に入った修験者たちと、これを受け入れた山寺についてふれる。第六章は前章に関連して山寺が山城に利用されていった過程と、その主体者である京極氏について述べる。第七章は水を中心に伊吹山の恩恵を受けて成り立っていた山麓のくらしを紹介する。第八章では石灰岩や花崗岩など伊吹山地を構成する石材の利用、第九章では植物の利用など山村に発達した生業について紹介する。最終章では長く伊吹山を支えてきた山岳信仰が終焉した近代以降の登山を概観する。また、各章末にコラム欄を設け、関連する話題を紹介した。
 ぜひ、関心のあるところから読み進めていただきたい。母校の校歌で「湖北に冠たる伊吹の山の」と歌われる伊吹山の歴史を知っていただければ幸いである。

著者プロフィール

髙橋 順之(タカハシ ノリユキ)

1962年、滋賀県坂田郡伊吹村(現米原市)生まれ。奈良大学文学部史学科卒業。株式会社平和堂勤務後、伊吹町教育委員会を経て、現在、米原市教育委員会生涯学習課主査。研究テーマは、伊吹山と霊仙山を中心に山と人の関わり。
主な著作は、『伊吹山物語―神の山と歩む上野人―』(編著/米原市上野区)、『伊吹山を知るやさしい山とひと学の本』(監修・執筆/伊吹山ネーチャーネットワーク)、「霊仙山松尾寺丁石をめぐる信仰」(『淡海文化財論叢 第5輯』)、『重要文化的景観「東草野の文化的景観」整備活用計画書』(編著/米原市教育委員会)など

   

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