2011年 9月 9日

鳥居本のヴォーリズ建築

 10月に大津で、近江商人のお話をすることとなっているが、この時同じくご講演される芹野さんとは、コメント欄にも記してあったように、豊郷小学校の解体問題のさなかに出版した『豊郷小学校はいま』を通じてのお知り合い。
あの騒動がうそのように今の旧豊郷小学校校舎は、明るい話題で新しい賑わいを呈している。何がきっかけで、再認識されるかわからないものだ。
 芹野さんと同じ会場でおはなしするテーマの近江商人だって、かつては、えげつない商人の代表のように言われてきたが、20年ほど前に「近江商人は、薄利多売で得た利益を社会に還元し、三方よしの経営理念は現在のCSRの源流」ということが広まったことから、今や、すっかり、「三方よし精神」は経営理念の根幹のようにさえ思われている。解釈には様々な見解があるが、郷土の先人の評価が高くなったことは嬉しい。
今回参加するのは、大変人気のセッションのようだが、御依頼では、会場が滋賀県なので、地域性を強調した話題がいいとのこと、大いに湖国をアピールしたいものである。
 地域といえば、わが社のある彦根市鳥居本町は中山道の宿場町として栄えたがその前は、石田三成の城下町であった。この歴史的背景をテーマとした「とりいもと宿場まつり」の開催が来月2日に迫ている。本日は、まちの人々と一緒に街道沿いに祭を象徴する赤いのぼりを立てた。人通りが少なくひっそりとした街道沿いが、華やかになった。
 宿場まつりは本年で4回目だが、例年賑わいの中心は旧本陣跡に立つヴォーリズ建築の寺村家周辺。先代のご当主の寺村周太郎さんは魔法陣の研究者として著名な方だが、ヴォーリズさんと同じ勤務先で音楽の先生をしていた事がご縁で、ヴォーリズ設計で昭和12年に本陣跡に現在の屋敷を建設された。設計図では広い図書室まであったというが、戦時下の物資不足で図書室は建設されず、その図面だけが残っているとのこと。旧中山道の面影と妙に調和しているのがとても面白い。周太郎さんの見識とヴォーリズさんの風土を大事にする姿勢が結実したのであろう。この寺村家の前庭がこのほど修築され、建物が一層輝きを見せるが、同時に本陣時代の塀や門柱の礎石が顔を出したというおまけまでついた。
宿場祭当日のヴォーリズさんの庭では「楽焼体験」や「シフォンケーキカフェ」がオープンする、どうぞご期待ください。

2011年 7月 1日

86歳の手習い パソコン事始め

我が母「敏子さん」の日常生活で重要な位置を占めるのが、短歌の題材探しと歌づくり。

脳出血に再三見舞われ、糖尿病とは仲良しがゆえに、手足がかなり不自由ではある。それでも、持ち前の明るさと旺盛な好奇心は、日々変化を求め、なかなか活動的である。

文字を書くのがかなり大変なので、短歌づくりには、もっぱらワープロを使用していた。
ところがワープロの生産は終焉し、印字用リボンの入手も困難となっている。最初に使い始めた機種は、数年前に壊れ、その後は私のお下がりを使用していた。ところが、この機種もどうにも怪しくなってきている。機械と母の寿命はまさしく競争状態だった。

が、ついにワープロがさきにダウン。
だましだましなら使えそうなのではあるが、彼女はどうも我慢の限界のようだった。

数週間前「少々高くてもいいから、私が使えるパソコンがほしい」といい出した。
はたしてそんなのあるかなと思案していたのだが、ものは試しとばかりに、自宅で使っているパソコンの前に座らせた。なんとか指が動くではないか、
ワープロとは入力方法が異なるが、ゆっくりながら大丈夫だ。入力さえできれば問題はほぼ解消。
とはいえ、なんせ、不自由な手なので、かなり苦戦してはいた。最初は、2日がかりでようやく10首の投稿原稿が完成。

消え入りそうな声で懇願した時とはうって変わって、「できた、できた」とおお喜び、
若いころに英文タイプをこなし、昭和30年後半には、英文タイピストとして得意先に出向していただけのことはある。

いまでは、ワープロを追いやり、敏子さんの仕事場にはパソコンが鎮座している。

2011年 6月 7日

北の大地での生活を活写した回想記が完成

 アニメ「ケイオン」の聖地で有名となった豊郷小学校のある豊郷町からは伊藤忠を創業した伊藤忠兵衛を始め多くの近江商人が出ている。麻布を扱っていた青山仙右衛門さんも東京などで活躍した近江商人であった。
 昨日、この青山家の御子孫の信義さんが編集されたご母堂の著作『つづら折り回想記』をお届けにあがった。信義さんの母上の青山江美さんは、京都に生まれ、早くにお父さんと死別、その後、母娘が北海道に渡った。豪快かつ積極的に呉服店を切り盛りしてきた江美さんの母上の生涯とともに、明治から平成まで5人の子供を抱えながら、たくましくも明るく生きてこられた江美さんの回想記である。ともすれば、湿っぽくなりがちな内容なのに、この母娘は、めそめそすることなく、困難を困難と思わず、逆にバネとして突き進んでこられた様子は、清涼感を覚えてしまう。カラッと生きてこられた足跡は、まさしく北の大地のようにおおらかだ。
江美さん曰く「私は一大事の時は却って頭がスカッとする方で、うろたえず万事指図役になり、まごまごする人がおかしいほどになる」と自宅が火災に見舞われたときにでもこのような塩梅。
 主人を立て、子供を愛し、信心深い御性格が、随所に感じられる。北海道で活躍した近江商人は多く、様々な伝承も見聞するが、北海道といわず近江においても女性が商いに精出す様子や生活の記録を残すことは、ほとんどないに等しい。こうした意味では大変貴重な記録といえよう。
 筆をとられたのが、晩年、69歳の頃からというので、すでに遠い記憶をたどりながらの作業と思うが、詳細な記述に驚かされた。江美さんは平成18年、89歳で逝去されたが、生涯を書きとめられた10冊の回想記が残されており、回想記を見つけた四男の信義さんが中心となって、当時の記録や足跡を訪ねながら手記を編集、10冊の中の一部が『つづれ折り回想記』として出版されたのである。
 ご自宅には、文中にも登場する江美さん愛用のミシンを始め、多くの手芸作品や青山家の歴史を伝える「引き札」などが整然と飾れ、信義さんの母上へのこの上ない深い思いを痛感したのであった。ありがとうございました。
 

2011年 5月 24日

素敵満載!『小舟木エコ村ものがたり』

予定よりは発行までに少し時間がかかったものの、このほどNPO法人エコ村ネットワーキングから上記の書籍が誕生。近江八幡市小舟木エコ村に暮らす人々のいきいきした楽しいライフスタイルが紹介されている。さらには、このライフスタイルの理念やまちづくりへの応援隊のことなど、まちづくりの経過もよくわかる。
紹介されているような状況になるまでに多くの難題もあったと思うが、近くを通るたびに戸数が増えていくのを横目に眺めながら、どんどん期待が膨らんでいたものだった。小さな実験とはいえ、ここの反響が少しずつ広がっていくことを期待したい。
私の庭にも鎮座するハーコスター製の雨水タンクも登場していたが、容量はだいぶ多い。そうなんだ、本格的に雨水利用を心がけようとすると、結構な初期投資が必要だったのだ。形はいいのにつられて購入し、設置も楽だったが、200リットルでは、すぐに降雨待ち状態になる。自らの計画性の乏しさ痛感したものだった。読み進むと、エコ村ではサンデーマーケットも開催されているらしい。一度はのぞいてみたいものだ。

2011年 5月 13日

花より団子というけれど

5月はさわやかな季節だと思っていたのに、このところすごい大雨で各地で被害もでている。
とはいえ、ついこの前まで、真夏日にも関わらず雨が少なく、雨水タンクも空っぽ、さらに5月始めの黄砂の影響で、草木もほこりっぽくなっていただけに、被害の少なかった当地では、恵みの雨だったともいえる。
今朝は、お日様も顔を出し、久しぶりに庭を眺めると、バラのつぼみが膨らみ、遅咲きのクレマチスも咲き始め、満開のミヤコワスレやアイリスの中から、次の主役達が出番を控えている。家族は「花もいいけれど食べるものも」というので、端っこには、少しばかりの野菜も存在するが、この時期の到来を心待ちにしている私にとってはどうにも「花より団子」とはいかないのである。

2011年 4月 4日

珍しい孔版画展

和歌山県立近代美術館で「版画の『アナ』-ガリ版がつなぐ孔版画の歴史ー」という企画展にでかけた。担当学芸員の植野さんから、当社創業者、岩根豊秀と同時代を生きただろう清水武次郎さんの作品展のご案内をいただいたので出かけた。同時に、何度も催促されていた母の生まれ育った堺のまちを訪問という大義名分もあった。

堺では同行した妹のナビゲータよろしく、母の思い出を辿りつつ、おいしいもの巡りをし、翌日和歌山近代美術館へ。現代版画の周辺を巡る企画内容に堪能。

清水武次郎さんは、和歌山に生まれ、教員を経て孔版印刷業の中から、独創的な手法で多くの作品を生み出してこられた人だという。会場には懐かしい孔版印刷界の猛者の氏名が見られ、同行した母も往時を懐かしがっていた。子供の頃から孔版画の作品はかなりみており、また近年は謄写印刷機を発明した堀井謄写堂旧宅であるガリ版伝承館で毎年、さまざまな孔版画作家の展示会があるのでここでも、かなりの作品を見ていたはずであるが、清水さんの作品はいずれも大きく超えていると思えた。
展示解説では「和紙を加工した独特の原紙を使用した」とされていたが、おそらく毛筆原紙のことだと思うが、この原紙を使用したことから生まれる微妙な味わいは硬質な孔版画から逸脱した味わいがかんじられた。展示作品の中で自動製版機を使用したという説明もあったが、おそらく豊秀も多様した謄写Faxという製版機のことであろう。
時間の都合で植野さんの展示解説を拝聴できなかったが、懐かしさと新しさを同時に感じることができた企画展であった。展示図録がなかったことに一抹の寂しさをかんじながら、いづこも事情が同じだとかんじたのであった。
残念なのは謄写印刷は孔版印刷でもなく、やはり「ガリ版」といわないと一般的には通じないのだということを再認識したことでもあった。

2011年 3月 14日

人々のやさしさに涙

巨大地震の映像には、言葉にだせないやりきれなさを感じつつ自然の威力に驚くばかりです。少しでもなにかお役に立てればと思うのは、だれもが同じ。
昨日、フト目にしたメールで、彦根市民体育館で災害地への救援物資受付の案内を見るや、早速、毛布などを車に詰め込んで体育センターに向かった。ところが、道中がいつにない大渋滞。
いったい何が起こっているのか判明しないまま、数分で到着できる距離を30分間渋滞の中にいて、渋滞の原因が体育センターに向かう人々だったと分かった。
地元バスケットチーム「レイクスター」の選手たちによる救援活動だとは知っていたが、こんなに大勢が詰めかけているとは、予想すらしなかった。
30歳代の家族連れが圧倒的に多かったが、体育館入口には200m余の行列が続く。
私のすぐ後で、本日は受付終了となった。なんでも予想以上の物資が集まり、毛布はもう積みこめないということで、それ以外の物資と些少の義捐金をお渡しできた。ほとんどがメールでの情報取得者のようだったが、駐車場から体育館に向かう途中、なんだか胸が熱くなり、涙がほほを伝わる。日本人の心の中には、まだまだあたたかい、やさしい気持ちがあふれていることに安堵したものだった。
1日も早い復興を願うばかりである。

2011年 3月 9日

ご無沙汰していました

近江っ娘さんの復活、ツイッターの開始と若いみなさんが頑張る中、しばしお休みしていた合羽所も久々に重い腰を上げました。
今日も冷たい雨が降り、天気予報では雪マークが消えませんが、日ごと、花々の彩りがにぎやかになってきました。春の訪れが待ち遠しい今日この頃です。

ご案内でも記載していましたが、第23回大近江展には多数のご来店ありがとうございます。期間中、寒暖の差が大きかった天候でしたが、久しぶりの読者のみなさんとのお出会いは深く心打つことばかりでした。お話のひとつ、ひとつを心に刻み、よりご支援いただける本づくりを目指したいと改めて誓ったものでした。今後ともよろしくお願い申し上げます。

2010年 9月 28日

とりいもと宿場まつり開催

中山道鳥居本界隈が日増しに、赤色に染まってきた。街道沿いの民家は、それぞれが赤い布で装飾をほどこし、「三成の佐和山城」ののぼりの中に赤色の「とりいもと宿場まつり」ののぼりが鮮やかだ。本年で3回目となる宿場のお祭り、本年もテーマは戦国。
なんといっても三成さんの居城があった佐和山城下町の一画にある鳥居本では、この時代を重視したい。
当日は、朝から佐和山城に上る企画があり、午後には、織豊城郭研究の第一人者の中井均さんの講演もある。

新しいメニューがそろった出店も楽しみ、民家の開放も嬉しい。それぞれの個性が光る手作りイベントにはあたたかさがいっぱい。どうぞお越しください。
サンライズの書籍の販売も行います。
詳しくは詳しくはチラシをご覧ください。

2010年 5月 31日

生物多様性って何?

2010年は「国際生物多様性年」ということで、10月には名古屋で国際会議「COP10」が開催される。

ところがこの難しそうな言葉、意味がよくわからない。
しかし、身近なところでさまざまな異変が起きている。中日新聞ではミツバチの事情が連載され、当社のご近所の滋賀県米原市醒ヶ井にある梅花藻で有名な地蔵川という清流に棲息する「ハリヨ」が混血種になり、純潔は皆無だと聞く。

とても大切な問題だという意識はあるが、よく理解できていなかったのだが、先般当社から発行した『中小企業の環境経営-地域と生物多様性』の著者のお一人の香坂玲先生から、以下のご案内が届いた。
なんでもわかりやすく楽しむ「生物多様性」について紹介されるらしい。

6月4日(金) 午後7時30分~8時43分
SAVE THE FUTURE いきものピンチ! SOS生物多様性

香坂玲先生のコメントもついてきた。

2010年は「国際生物多様性年」。10月に名古屋で生物多様性をテーマにした国際会議「COP10」が開かれるなど、今年は“生物多様性”に大きな注目が集まります。でも、なんだか堅苦しい言葉だし、「生物多様性ってそもそも何?」「なぜ、多様性を守らなくっちゃいけないの?」「人間にどんなメリットがあるの?」などなどギモンが続出!
そこで、「SAVE THE FUTURE」では、オリジナル人気コンテンツ「科学者ライブ」をさらにパワーアップして、楽しくわかりやすーく、こうしたギモンにお答えしていきます。日本を代表する科学者たちが、なるほどそうだったのか!とナットクのプレゼンを熱くおもしろく繰り広げます。

香坂玲先生の著者『中小企業の環境経営』では、中京地域の中小企業への聞き取り調査から、環境保全・教育、資源循環の利活用という広い意味での企業のsy会貢献と社会的な責任(CSR)に関わる活動の事例を紹介し、分析されている。
CSRの理念の源流は近江商人の三方よしにあるといわれるが、移入された観念ではなく、非常に日本的な考え方だと言える。大企業ではCSは定着しつつあるが、中小企業では・・・とされがちだが、本書では、果敢な取り組みが紹介されている。フットワークがいいだけに、実際は中小企業に歩があるのではないかと思うがいかがでしょう。

それはさておき、生物多様性について一緒に考えましょう。

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